今回読んだのはこちら。
いや~~、久々に良い本に出会いました。
わたしの大好きな三大小説である、
「悲しみの歌」「海と毒薬」「深い河」
に次ぐ作品だったかもしれないです。
(遠藤周作さん好きすぎですねw)
小川洋子さんの小説は初めてでしたが、
すっかりファンになってしまいました。
文章が美しくてやさしくて、
すごく好きなタイプでした。
この本を購入したきっかけは、
書店で出版社の営業さんの手書きのポップに惹かれたからです。
すごくこの作品への愛と、
同時にお仕事や本に対する愛も感じられ、
なんだか心が動かされたので読んでみたくなりました。
装丁もオシャレですごく好きです。
チェスにまつわる物語ですが、
私はチェスのルールを全く知りません。
それでも十分に楽しめたのですが、
やっぱりチェスを少しでもやったことがある人と比べたら物語を堪能できていないんじゃないかな、と感じました。
なのでぜひともチェスのルールを覚えたうえで、もう一度読み返したいなと思っています。
作品について
簡単にあらすじをまとめると、
「最強より最善」
を大切にチェスをする、ある男の人の物語です。
この主人公が生まれるところから物語が始まります。
幼いころに両親を亡くし、祖父母と弟と過ごす主人公がチェスに出会い成長する姿が描かれた少年期。
そして大人になって
チェスと共に生きる道を選んだ彼が、
チェスを通してさまざまな人と
出会い、別れ、その度に
自分の感情を言葉ではなくチェスで表現していく、
とても切なくて、とても美しい物語です。
この作品の魅力
文章が上品
この物語、きたない言葉が出てこないんですよ。
登場人物のほとんどがやさしさで溢れているから
読んでいて本当にじんわりと心が温まる。
そのやさしさゆえに切なくて
たまに心がキュッとなるのだけど、
それもすごく魅力的です。
登場人物の口数が全体的に少ないので
自然と情景描写が多いです。
そのどれもから透き通ったような美しさを感じられる。
そんな文章がとても印象的でした。
シンプルなオシャレさ
この作品、登場人物の固有名詞が一切出てこないんですよ。
国も、時代も、主人公の名前すら明かされない。
必要最低限の名前しか登場しないので
全体の印象がとてもシンプルで美しいなと感じました。
この「シンプルさ」が物語を通して伝えようとしていることに通じているようにも感じました。
(後半で詳しくお話しようと思います。)
また、全体を通して少し薄暗いような寂しさを感じるのも、そんなシンプルゆえの「情報の欠落」が生み出した効果なのかな、とも思ったりしました。
とにかくやさしい物語
主人公の「リトル・アリョーヒン」と呼ばれる男性は、もともと唇が上下くっついて生まれてきたこともあって口数の少ない少年でした。
大人になってもそれは変わらず、
言いかけて言わない
という場面がすごく多いんですよね。
「大丈夫だよ」とか「ありがとう」とか、そういうやさしい言葉を心の中でつぶやくというシーンが多々あります。
こちらとしてはすごくもどかしいのだけど、やっぱりそれだけ自分は普段余計な言葉を発しているのだろうなと感じたり。
心の中でやさしい言葉をかけられる人のやさしさって、本物ですよね。
そんな気付きを与えてもらいました。
物語のメッセージ
自分に与えられた使命を果たす美しさ
隣を見てないものをねだりをするのではなく、自分にないものを受け入れて与えられたものを磨く。
そんな生き方の美しさというものを、この主人公の生きざまを通して教えてくれている。
それが最初に感じたこの物語のメッセージでした。
このメッセージが見えてきたとき、物語のキーとなるのがチェスなのも納得がいきました。
タイトルの「猫」でもある少年の大事な友達、猫の「ポーン」に始まり、物語の中ではポーンがたくさん登場します。
キングやクイーンはもちろんですが、兵隊であるポーンは多数のなかで一つ一つ目立たずとも、それぞれのポーンにしか果たせない役割を担っている。
少年が、チェスの盤上に8つあるポーンの一つ一つに敬意を持って接する姿からは、脇役のように見えるかもしれない駒にも、その試合、その局面で、その駒にしか果たせない役割がある。
そんな唯一無二の存在である私たちに、人生にも通用する教訓をチェスをもって教えてくれている感じがすごくオシャレだなと思いました。
「口から出なかった言葉」の美学
初めに感じたこの物語メッセージは一つ目の
「自分に与えられた使命を果たす美しさ」
というものでした。
だけど、何度か見返していて見えてきたのは、
「出なかった言葉の美学」という観点でした。
先にも述べましたが、主人公のリトル・アリョーヒンは口数の少ない人なので、心の中でつぶやくことが多いんですよね。
「ありがとう」とか「大丈夫だよ」とか、
読んでいるこっちとしては
「言えばいいのにー!!」とか
「伝わってほしいー!!」と、
とにかくもどかしい気持ちになることが本当にたくさんありました。
だけど、作品を読み進めていて感じるのは、
それら声にならなかったはずの言葉が、
登場人物たちにはちゃんと伝わっているように感じられる不思議。
余計な言葉はなくても、主人公はチェスという手段でその内に秘めたやさしさを表現していました。
どんな対戦相手とも真摯に向き合い、敬意をもって一手を打つ。
この姿は本当にかっこよかった。
目に見えるものがすべてではない、と、自分の固定観念を揺さぶられた気がしました。
「ありがとう」とか「大丈夫だよ」みたいな言葉って、
勝手にやさしさだと思ってジャンジャン言ってしまっていたけれど、
実は本当のやさしさというのはもっと別な方法で表現されるものなのかな、と。
もちろんこういう言葉をかけられることはやさしさなんですけどね。
だからこそ、美学に近いような気がしています。
自分はどんな風にやさしさを表現できるのかな?
いま自分が偽善だなと感じることを辞めて、
自分にできる本当のやさしさって何なのだろうな、
と、ゆっくり考えてみたくなりました。
「さようなら」は美しい
また、この物語、通して人との出会いと別れの潔さもすごく魅力的なんですよね。
リトルアリョーヒンが次のステップに行くとき、
「またどこかで会おうね」ではなく「さようなら」と言う。
亡くなって会えなくなってしまったりというのも多く、
「さようなら」の瞬間はすごく寂しいのだけど、
そうやって一つ一つ心の中に思い出の宝物を増やしていくリトル・アリョーヒンの生き方はやっぱりほっこりするんですよね。
(↓ネタバレあります!)
ラストのミイラとのすれ違いも、本当に切ないのだけど、
どこか会えなくてよかったのではないか、と思ってしまう自分もいました。
実際の人生なら逆にこんなに美しくまとまらないかもしれないけど、
この物語はこの終わり方が本当にベストなので、悲しいのに悲しくないという不思議な感じでした。
さいごに
この物語の主人公は、自分に与えられたものを大切に生きています。
自分に足りないものがたくさんあるかもしれないけど、あるものを大切にして生きています。
それがすごく素敵なんですけど、人間臭さは全くないなという印象でした。
悪い意味ではなく、やっぱり現実ではそんなに簡単に割り切れないんだろうなとは思います。
物語のラストも一種のカタルシスのような感情を得られて気分がよかったです。
だけどもし現実だったら、あんな結末は多分すんなり受け入れられません。
自分がもしミイラだったら、悔しくてたくさん泣いちゃうと思います。
だけど、やっぱり自分に与えられたものを大切に大切にして、目の前のできることに集中することとか、近くにいてくれる人を大切に思うとか、当たり前かもしれないけど、日常で忘れがちなことを大切にすることの美しさを思い出させてもらえる。
今の自分にはそんなふうに映った作品でした。
リトル・アリョーヒンの心の海の中の世界に入り込めるような、不思議な気持ちになれる物語でした。
チェスのルールを覚えて、絶対にまた読み返したい。